心を閉ざして生きると決めた私が見つけた静かな回復の道 回復記録

心のこと

心を閉ざすことで、自分を守ろうと思った日— 私の回復記録

今日、バイトからの帰り道でふっと気づいたことがある。

私は、「心を閉ざして生きる」 と決めたんだ。

それは絶望でも投げやりでもなくて、むしろ逆。

“ここまで頑張ってきた自分を守るための選択” だと思った。

「誰もねぎらってくれない」その孤独の重さ

私には、ずっと寂しいポイントがあった。

バイトから帰ってきても、

「お疲れさま」

と言ってくれる人が家にはいない。

母にも期待してはいけないと分かっているし、

友達にも、もう期待するのがしんどくなった。

あの家を売るとき、

誰も止めてくれなかった。

あの瞬間に、

「ああ、人って結局、他人事なんだな」

と感じてしまった自分がいた。

もちろん友達にも事情があったかもしれない。

でもその“事実”よりも、私の心が受けた“傷”の方が大きかった。

「期待しない」ことで、初めて呼吸ができた

今日、帰り道を歩きながら、私の中で何かがストンと落ちた。

「期待しないほうが楽だ。」

そう気づいた瞬間、胸の奥にあったガチガチの緊張が、少しだけ緩んだ。

人に期待して、傷つくくらいなら、

自分ひとりでいた方がずっといい。

他人に心を開くと、

そのぶん傷つく可能性も高くなる。

だから私は今日、

“心を閉ざす”ことを選んだ。

それは悲しくもあるけれど、

とても静かで、安心する選択だった。

母との距離感も「必要最低限でいい」

母とは最低限の会話しかしないようにした。

イライラしたくないし、イライラさせたくない。

本当はひとり暮らしをしたいけれど、資金面の問題もある。

だから今は、

「心だけでも距離をとる」

という形でバランスを取っている。

私を救ってくれているのは、「働く」という行為

10月から始めたミニストップの仕事。

今は週3の昼、

そして6〜9時の早朝週5というハードスケジュール。

体は疲れる。

頭もフル回転。

でも——

家で何もせず苦しむより100倍いい。

働くことが、心を守ってくれている。

震えながらでも、「生きる」を選べている。

そしてふと思った。

私、生涯現役でいたい。

80歳でも、90歳でも、100歳でも働いていたい。

スーツを着てパンプスを履いて電車に揺られる働き方は無理だ。

でも、コンビニのように車で4分の場所で、

地に足ついた働き方なら続けられる気がする。

これは私の希望であり、未来への灯り。

心を閉ざすことは、悪いことじゃない

今日の私は、悲しみの中にいたけれど、同時にこう思った。

心を閉ざすのは、弱さではなく “自己防衛” だ。

誰にも期待しないことで、初めて私は安心できた。

これもまた、回復の一歩なのかもしれない。

心が揺れているとき、私はどう乗り越えてきたのかを書いています。

同じような気持ちの人の小さな助けになれたら嬉しいです。

👉 働くことが今の私を守ってくれている(回復記録)

👉 猫が心を支えてくれた朝の話

最後に

この記事は、私自身が折れないために書いた記録。

そして、未来の私が読み返したとき、

「あのときの私は、ちゃんと自分を守っていた」

と気づけますように。

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