家のこと、蓄えのこと、人間関係、未来。
大切なものを失ったように感じて、笑う余裕さえなくなった。
それでも、生きていく以上は“何かに熱中する理由”を探したくて、
この気持ちを記録しておくことにした。
家を手放した過去を「後悔」で終わらせない
あの家を売ったことを、何度も責め続けてきた。
「売らなければよかった」「今ごろ違う未来だったかもしれない」。
そんな後悔が心に沈殿して動けなくなる。
でも、過去はどうやっても戻らない。
だから私は、“あのときの判断は間違いじゃなかった” と言える未来を自分で作ると決めた。
後悔を抱えて壊れるくらいなら、前に使ってしまったほうがいい。
笑わない人生でも、生きられると悟った
もう「笑う気力」すら湧かない。
周りに合わせて笑うのも疲れた。
だったら無理に笑わない決意をしてもいい。
“笑える日が来ない” という前提でも
人は生きていけるし、生活は回る。
今の私はそのステージにいるだけ。
笑わない人生でも、終わりではない。
ただ静かに、淡々と生きるフェーズに入っただけなんだ。
熱中できることを探したい理由
それでも、生きるには何か小さな光が必要だ。
大きな夢じゃなくていい。
刺繍でも、塗り絵でも、ブログでも、料理でも、猫の写真でも。
“熱中できるもの” がひとつあれば、
生活にかすかに輪郭が戻ってくる。
私はいま、その 「ひとつ」 を探している最中。
大きな希望を持てなくても、
なにかに集中できる時間があれば、それで十分だと思ってる。
「これから」を捨てずに、あえて淡々と生きる選択
未来に期待しない。
でも、未来を捨てるわけでもない。
そのあいだにある“グレーの生き方”をしていく。
家のことも、志摩のことも、収入のことも、
いまは答えを出せない。
だからこそ、淡々と働き、淡々と暮らし、
少しずつ熱中できるものを増やしていく。
この生き方は逃げじゃない。
「いまの私にできる最善」 だ。
まとめ
・家を手放した選択を後悔で終わらせない
・無理に笑わなくていいと決めた
・熱中できる小さなことを探している
・未来に期待しないけど、未来を手放すわけでもない
私は今日、ひとつだけ決めた。
過去に縛られるより、“今の私ができる小さな行動” を積み重ねる。
それが、これからの私を支える力になると信じたいから。

